みのおてならい音楽の森ツアーガイド☆鑑賞レポート2

「右手のピアニスト 樋上眞生 Replay」に想う

昨年の年末辺りから謎の感染症“新型コロナウィルス/COVID19”が世界中に蔓延し始め、2019年以前の世界にはもう戻れないのだと、人々が気づくまでには、それほどの時間を要しなかった。2020年の春先には、様々なイベント、コンサート、ライヴが次々と中止・延期になり、それは4年に一度の世界的スポーツの祭典オリンピックといえども同様で、人々は密を避けて、自宅に閉じこもり、この災厄が去るのをじっと待つしかなかった。

 

コンサートを行うには、配信という形が奨励され、人々が生の音を浴びる様に聴く というコンサート本来の姿はとても贅沢なものになった。5月に予定されていた『右手のピアニスト 樋上眞生 ~ Replay/リプレイ』もまた、延期と何度かの慎重な検討の後、やっと開催にこぎつけたが、演奏会場である箕面市立メイプル小ホール本来のキャパシティの三分の一足らずの30名の聴衆を招くに止まり、後はネットによる配信という形を取らざるを得なかった。この会場、とても古い建物で、配信の設備が整っておらず、“みのおてならいサロンコンサート”のスタッフはWi-Fiの設備を持ち込んで、その対応に当たった。

 

ところが、コンサート開始直前、それまで通常に機能していた設備に不具合が生じてしまい、コンサートの開始が15分も順延してしまった。そのタイミングでも実は配信環境は復帰していなかったのだが、これ以上、遅れるわけにはいかない という苦渋の判断で、配信は環境が整い次第、追いかけて行う ということにしたのだ。

 

 

市川海老蔵(十一代目)似の二枚目 樋上眞生(ひのうえまお)さんは、将来を嘱望される新進気鋭のピアニストである。20代前半から、コンクールへの出場と受賞を重ね、2013年 29歳の時には、日本芸術センター年間最優秀ピアニストに選出された。その翌年、満を持して、ロシアの作曲家 セルゲイ・リャプノフに自らの超絶技巧を駆使してチャレンジ、日本人初となるピアノ ソナタのCDを発表する。ところが、やはりこの録音、心身ともに相当な負荷がかかったのか、収録後、左手の人差し指に違和感があり、局所性ジストニアという難病に罹患していることが分かった。

 

半年が過ぎても左手が快癒に向かわない状況を受けて、樋上さんは一つの決断をする。不自由な左手を使って両手で弾くことよりも、自由な右手を縦横無尽に使い切る方を選択したのである。

 

世の中には、左手のピアニストが多数存在する。片腕が不自由になるという状況は右でも左でも、ほぼ同じ確率で発生するはずなのだが、右手のピアニストの活躍はこれまで目立ったものではなかった。2019年11月、金沢で開催された“左手のピアニストの為の公開オーディション”に出演した樋上さんを見た斯界の第一人者にして審査委員長を務める館野泉さんですら“右手の演奏をはじめて見た”という驚きを隠せず、その優れたパフォーマンスに対して優秀賞を送った。

 

左手のピアニストが次々と輩出されたのは、最初にその偉業に挑戦したロシアのアレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンが右手を故障したピアニストだったから という点がことのほか大きいようだ。その後、結果として、スクリャービン用に作曲されたもの、自身で作曲したもの等、左手用のピアノ曲は3000曲以上ある と言われている。その中には、バレエ曲「ボレロ」で有名なモーリス・ラヴェルが戦争で右手を喪失したパウル・ヴィトゲンシュタインに依頼され作曲したものもある。ところが、右手用の作品となるとごくわずかなのだ。

 

片手での演奏は音数の制限を受けるため、右足で操作されるダンパーペダルによる音色のバリエイション(主たる役割は以下の三つ ①音を響かせる ②音を繋げる ③倍音を利用する)が非常に重要であり、演奏フォームを見る限り、左手と右足でのスタイルの方が有利であることは否めない。右手のピアニストの活躍を阻んできたのが、この演奏フォームの問題であることは容易に想像がつく。

 

では、右手を生かすために、左足を鍛えてどうか? という代替案もないではない。しかし、超絶技巧を支えていた右足の動きをこれまで何の訓練も受けてこなかった左足で担うのは、無理ではないにしろ、時間がかかりすぎるだろう。オートマチック車が普及し始めた’80年代初頭、左足を不用意に使ってしまう事故が多発したことからも分かるように、特に左足を自在に使いこなすには、腕以上に厳しい訓練が必要だ。

 

右手のピアニストの場合、演奏のために使う身体の部位が右側に偏るため、身体全体が強烈に右側へ持っていかれる。これでは女性ピアニストは到底、演奏できないだろう。実際、初めてお会いした樋上さんの第一印象は、細マッチョ。右手のピアニストは、まず体幹を徹底的に鍛えるところから始めなければならない。若くして、超絶技巧をマスターした高度なスキルが前提でないと、到底、たどり着けない境地である。

 

従来ある曲を右手用に編曲していくこと、あるいは初めから右手用の作曲をすること。いずれにしても手探りで、ひとつひとつクリアしていかなければならないその気の遠くなるような作業の果てに、現在の樋上さんはいる。もちろん、たくさんの悩み、苦しみ、眠れない夜があっただろう。ところが、実際にお会いした樋上さんは、本当に気さくで明るい、朗らかな方で、そんな過去を微塵も感じさせないのだから驚きだ。この持って生まれた強靭な精神力こそが、右手のピアニストを誕生させた最大の原動力なのかもしれない。

 

 

ロサンゼルスを拠点に’60年代の終焉を駆け抜けた伝説のバンド ドアーズ。若者の暴力衝動や反権力と言った志向を反映して、メンバーが非日常的で乱暴なふるまいを得意とし、ノイジーなだけの演奏や稚拙な歌詞の絶叫で、ロックが芸術的な評価に全く値しないという地位に甘んじていた頃、突然変異のように現れたドアーズは、史上初めて芸術的に論ずるべき、鑑賞に足る音楽としてのロックを創造した。電気楽器がまだ黎明期にあった当持、バンド スタイルと言えばバディ・ホリーがザ クリケッツで確立したギター2本、ベース、ドラムでの編成が支配的であったが、ドアーズは他のバンドとサウンドが似通ってしまうのを嫌い、敢えてベーシストを置かず、キーボードにその役割を担わせた。音の隙間を埋め尽くすのではなく、音数の少なさを逆に個性にしているのだ。

 

また、ヴォーカリストのジム・モリソンはライヴの最中に“生みの苦しみをはらんだ休止”と呼んだ演奏の中断を行った。ジムが歌唱の途中で口をつぐんでしまうのだ。自分たちの欲求が中途半端に遮られ、邪魔された聴衆は、フラストレーションを募らせていく。聴衆の我慢が限界に達し、もはや暴動直前にまで高められ、それが崩壊するよりわずかに速く一瞬、ジムの合図でバンドは演奏を再開する。すると、このフラストレーションが一気に解放され、とんでもない高揚感と快感を生み出し、ライヴは怒濤のクライマックスへとなだれこんでゆく。

 

 

13時30分 開演予定のコンサート。すでに時計の針は45分を過ぎるあたりを指していた。スタッフとして音響ブースにいた筆者も、相当にジリジリしていたのは否めない。

 

ステージに登場した樋上さんは深々とお辞儀をして、静かに自らのピアノの定位置についた。片手の可動域の関係で椅子の位置は、ピアノに対してやや左寄りになる。この演奏前の何人にも冒しがたい静謐な瞬間。この場に集まった30名の聴衆も、“右手のピアニスト”とは一体いかなるものなのか? という好奇の気持ちがあったのは否めないだろう。

 

第一部 一曲目は ショパン=ゴドフスキー編曲 左手のための『革命エチュード』。左手のピアニストの歴史が生み出した名アレンジである。

 

樋上さんから受ける穏やかな印象からは、想像を絶するスピードと力強さ。一聴すぐさま、今、ステージでとんでもないことが起きている! と誰もが感覚的、直感的に理解するに足るインパクトである。それは、ここまで待たされて、薄ぼんやりとしていた場内の空気が、一気に切り裂かれ、瞬間、ぱっと明るい日差しが差し込んだかのようで、そのカタルシスたるや! このあまりに鮮やかな場面転換は、開演が15分も押したことすら僥倖に変えてしまう樋上さんの力業(ちからわざ)の賜物である。まさに、一発、カマしてくれたッ!! のだ。

 

この曲に特徴的な高音の印象的なフレーズ、右利きのピアニストが右手で弾くこのメロディの強さと説得力は、おそらく左手のピアニストの比ではないだろう。やはり“主旋律を弾くのは右手”というのは理に適っている と言うほかない。しかし最も驚くべきは、聴感上、片手で演奏されているとは全く思えないことなのだ。

 

打ち上げの席で樋上さんとお話し出することが出来、確認したのだが、ここに片手用に楽曲を編曲する際の最重要ポイントがある。演奏では片手しか使えない以上、明らかに音数が制限される。従って、楽曲を構成する上で副次的に使われている音は全て整理し、主旋律を最大限に聴きやすくする必要があるのだ。つまり、我々が鼻歌などで音楽を口ずさむ時にやる、あれである。ただし、やみくもに音数を整理するわけではなく、そのレベルは演奏力に比例し、物理的に不可能である場合を除いて、やはり最大限に原曲のスコアは尊重されるのだろう。その意味で、樋上さんの演奏は、人間が片手で可能な音数とスピードにおいて最大限に近いところにある。しかもそれを非常に不安定な右手、右足のフォームで行っているのだ。これはもはや奇跡と言って良い。先だって紹介した館野泉さんの驚きは、まさに右手のピアニストに対する憧憬に他ならない。

 

右手だけで演奏することの自由さとは、両手で行う奏法における左手の約束事からの解放であろう。同時にそれがもたらす精神的な効果もモチロン大きい様に感じる。樋上さんの場合、不自由な左手からの解放でもあるからだ。不自由になったことで、むしろ自由を得るというのはあまりにも逆説的で、禅における公案のようでもあるが、樋上さんのお話を聞いていると、決して、不自由な左手への負け惜しみでもイソップ寓話にある酸っぱい葡萄のような合理化でもないことが良く分かる。

 

音楽を奏でる時の気難しい約束事から解放されて、鼻歌でも歌っているような、それこそ自由で楽しさに溢れた演奏が、右手のピアノから次々と紡ぎ出される様子は、音楽の本質的な在り方をも見せつけてくれるのである。

 

演奏が終了し、細かく振動していたピアノの弦が起こす空気の震えが遠ざかって、ステージを再び静謐が取り囲む瞬間を樋上さんはじっと見ている。そして、立ち上がり、また深々とお辞儀をするのだ。少しだけご挨拶があった。コンサートが開催できたことへのお礼。開演時間が遅れたことへのお詫び。樋上さんのせいではないのに気の毒だな とも思った。そして、何よりこの平常心が凄いではないか。

 

第一部は、左手のピアニストの歴史 とでもいうべき代表曲が並んだ。続く第二部では、正に樋上眞生コンサート『Replay/リプレイ』の真骨頂、右手のピアニストのための楽曲が披瀝される。

 

同じことを繰り返して申し訳ないが、やはり樋上さんの演奏は、聴感上、片手で演奏されているとはとても思えない。これは既存曲を編曲する際の優れたアイディアはもちろん、とんでもない練習量の結果であることは想像に難くないのだが、驚くべきは樋上さんの音楽を聴く時、そのテクニックに評価の中心を持ってくる人がほとんどいないであろうことなのだ。

 

表現とテクニックとの関係は、必要にして十分であり、過不足のないことである。やたらと難解でテクニック至上主義の音楽は、もはやサーカスの曲芸と同じで、表現ではなく、難解なスコアをノーミスで弾き切ることへとその目的がズレている。一方で、音楽は音を楽しむことなのだから、下手くそで少しぐらいミスしてもノリが大事 という感覚論もある。しかし、そうした音楽は心から楽しめないし、どうしても興ざめしてしまうところが、見え隠れする。

 

まず、表現欲求があり、それを実現するために音楽家は、必要にして十分であり過不足のないテクニックを体得する必要がある。樋上さんのテクニックはまさに奇跡としか言いようのないものだが、樋上さん自身、それをアピールするつもりは毛頭ないようだし、そもそも片手で演奏されている事実、そこに至るまでの努力について、聴衆は知る必要がない。ステージで演奏されている音楽の素晴らしさについて、ただただ堪能し、拍手を送ればよいのである。

 

この表現とテクニックとの理想的なジャストの関係を体現している音楽家は、実は意外に少ない。そしてこれは、今回、右手のピアニスト用として演奏された楽曲の処理についても言える。この編曲の多すぎず、少なすぎないというバランス感覚こそ実は、このジャンルにあって最大限に考慮されるべきポイントで、このジャストな感じもまた同様に、お見事という他ない。

 

樋上さんを語る時、外せないトピックスとして暗譜能力がある。クラシックの多くの演奏家は楽譜を見ながら演奏する。筆者が見てきたコンサートでも、楽譜をめくる専任者を帯同しているピアニストはたくさんいた。従って暗譜そのものは、必須科目ではないのだが、右手のピアニストである樋上さんの場合、演奏上の必要から、そうせざるを得ないのだろう。必要は発明の母とも言えるが、これもまた、驚異的なことである。

 

しかも、樋上さんご本人が作曲した作品についても同様とのことで、楽譜は頭の中にあるのだという。筆者の持論である“究極の演奏家は、即興演奏を行った楽曲も含め、同じ楽曲を記憶から何回でも再演できる”という説を裏付けるものだ。これは例えば、将棋の名人戦等で棋士が何手も前の盤面を寸分たがわず再現し、お互いの戦略の良し悪しを議論しあう感想戦の様なものであろう。どの世界にも超一流は存在する。

 

打ち上げの席で伺ったお話では、ただ、自分の作曲した曲に関しては、少しずつ変化することはありますよ とのこと。しかしこれは、ジャズのシチュエーションであれば優れたアドリブと考えることもできるし、クラシックの世界なら変奏曲というジャンルがある。この変奏曲の可能性は、樋上さんの伸びしろを感じさせるもので、筆者はまだまだこの右手のピアニストを追いかける必要を痛感するし、これからも何度でも驚かされるのだろう。それは嬉しい予感であり、特にジャズを演奏する樋上さんを聴いてみたい と思う。


佐藤貴志 satoh  takashi 略歴

大阪府富田林市にて生まれる。大阪市立大学法学部卒。大学生時代、ドアーズのデビューアルバム『ハートに火をつけて(原題:The Doors)』、T.レックスの『メタル・グゥルー』、キングクリムゾンの『太陽と戦慄』を聞いて音楽に目覚め、その後、クラシック、ジャズ、民族音楽、エクスペリメンタル等々、様々な音楽との出会いを経て、多くのリスナーに知られざる音楽の普及に努めている。神戸の某企業にて10年間、カタログ販売による音楽事業を展開。

現在、音楽ブログ〈いわし亭〉主宰。いわし亭Momo之助を名乗り、肆音(しおん)『音楽ばかいちだい』を更新中。カルチャー倶楽部「みのおてならい」コンサート音響担当、同倶楽部の「音楽の森ツアーガイド」としてリポートを執筆。


2019年6月29日開催「アンドレス・セゴビアに捧ぐ クラシックギター 〜そらのあなたを聴くしらべ」