みのおてならい音楽の森ツアーガイド☆鑑賞ノート5

2022年の夏 箕面市立メイプルホール・小ホールで 朗読家の川邊暁美先生を中心に みのおてならい朗読倶楽部による 市民朗読会が開催され その様子をレポートした際 声の純正律について少し書いた。このたび開催された「箕面の森 アンティークオルゴール演奏会~妖精たちのピックヨウル」では およそ100年前に製造されたアンティークオルゴール三台と蓄音器による音源の再生が行われたが このオルゴールが奏でるサウンドは 正に純正律によって構成されている。

 

我々が普段聞いている音楽は 転調の関係上 平均律で作曲されており 純正律の音楽を聴く機会は限られている。音楽が一オクターブ内で完結するのであれば 純正律はそのメリットを最大限に発揮し 複数の音の調和度は極めて高くなるのだが 実際の音楽で そういったケースは稀である。我々が純正律の音楽に接した時に感じる心地よさは 和音の響きの美しさからもたらされているが それ以前に純正律で作られた音楽に接する機会の希少性の方が 大きいのではないか。

従って この演奏会は 純正律を経験する非常に稀有なチャンスとも言え つむがれる音楽はもちろん オルゴールの発する調和のとれた一音一音の透明で澄んだ音色そのものが 大きな聴きどころとなる

 

 【純正律と平均律のイメージ図】

 


2022年12月2日 金曜日 @箕面市立メイプルホール・小ホール

箕面の森 アンティークオルゴール演奏会 妖精たちのピックヨウルにて

ひとことで言ってしまえば とても懐かしく 心地いい 贅沢で豊穣な時間であった。実際に コーム(*1)が弾かれることで生まれる空気の振動に満たされた小ホールは 清浄な空間に整えられ デジタルの暴力にさらされて来た耳は アナログの素朴な音色にすっかり癒されてしまったのである。ひところ昔 オルゴールのCDがヒット商品になったことがあったが ここで聴くことの出来たサウンドとそれは 似て非なるものなのだ。

 

スイスの時計職人の手によりオルゴールの原型が生まれたのは 何と17世紀ごろと言われている。17世紀といえば J.S.バッハ前夜 バロック音楽の時代である。しかし 当時でも 貧富の差はあれ 老若男女 誰にでも 好きな音楽を繰り返し聴きたい という欲求は 絶対にあったと思う。その実現のため ヨーロッパのオルゴール職人は何度も 何度も 様々な試行錯誤を行ってきた。そこには 今日 データ化された音源をスマートホンで取り込み いつでもどこでも 好きなタイミングで聴くことの出来る我々には 想像もつかない 気の遠くなるような道のりがあったのである。メイプルホール・小ホールに集った聴衆は期せずして この自動演奏楽器が辿る長い旅路を一緒に体験することとなった。

 

金属の円筒に小さな金属のピン(突起)が打ち込まれたものがシリンダータイプ プレスされたピン(突起)のついた円盤を用いるのがディスクタイプで オルゴールには大別して この2種類があるが 構造の違いはあれ 原理はどちらも同じであり ピン(突起)が長さの異なるコームの弁を弾くことによって 音階を奏でている。そして この構造はそのまま ピアノの成り立ちに通じるものがある。

 

ステージ中央に据えられた巨大な ディスクオルゴールは コインを投入すると作動する仕組みになっており 人の集まる駅や店舗など社交や娯楽の場に置かれていたものだと分かる。演奏会に当たって アンティークオルゴールを貸し出してくれた「榎屋」代表の橋田隆夫氏が ゼンマイを巻き巻き 巨大なディスクを何枚も交換しては セットして 次々 音楽を響かせるのを目の当たりにすると それは正に 古き良き時代のジュークボックスを思わせた。

 

手前の2台のシリンダーオルゴールからは その小ぶりな可愛らしい大きさには およそ似つかわしくない大きな音が出る。オルゴールの木箱そのものが 共鳴装置になっており いにしえの職人の創意工夫に驚かされる。そもそも この3台のアンティークオルゴールは 現代の技術では もはや再現は不可能だそうだ。そう思うと まるでオーパーツ(*2)のようでもあるが コームの素材である鋼(はがね)が品薄なのはもちろん 高い技術を継承した職人の激減など なかなか一朝一夕には解決できない様々な問題が横たわっている。先の「榎屋」は アンティークオルゴールを発掘し 修復や修理を行って 流通させてはいるが 彼らもまた何の資料もお手本もないところから 解体 整備 組み立てを繰り返す中 独自のノウハウを生み出してきたのだ。現在では 全国各地のアンティークオルゴール博物館を顧客に持っている。なお 今回のような演奏会は「榎屋」としては 初の試みである。

 

アンティークオルゴールの中には 貴族や富裕層が好んだクラシックの著名作家の手によるものだけでなく 当時の一般大衆が夢中になったいわゆる俗謡に材をとったものも多く 現在 全く資料が残っていない。つまりは 作家や楽譜 歌い手はおろか 曲名すら不明の作品が 音楽史研究家たちのチャレンジを待っているという。これはまるでオルゴールが 過去を封印したタイムカプセルのようでもあり また オルゴールとして商品化されるほどのメロディが ヒット曲でないはずはなく それが記録として一切残っていない というところに 筆者は 言い知れぬロマンを感じてしまう。

 

自動演奏楽器の歴史は まだまだ続く

 

主な生産地であったヨーロッパが 第一次世界大戦(とスペイン風邪)の現場になった という事情がある一方 戦線に参加したアメリカ軍の兵士たちが 街角で見つけた小さな手巻きオルゴールを気に入って お土産として本国に持ち帰ったことで オルゴールのメインストリームは アメリカ合州国へと引き継がれていく。

 

 

また 蓄音機の登場が オルゴールの退潮を早めたことは否めない。ゼンマイ動力の円盤式蓄音器は初めて見たが 亡くなった主人の声に聞き入る かの有名なフォックステリア ニッパーが描かれたビクターのマークが入っており いまだ 現役である技術と品質に感心させられた。

 

近年 アナログレコードが再度 脚光を浴び もてはやされているが 現代のレコードは 再生方法はアナログでも 音源そのものは 実はデジタルで作られていて CDが登場する以前のレコードとは これまた 似て非なるものなのだ。

 

針で音溝を摩擦することによって音を出す(この針がまた たいへんデリケートなもので 一曲再生する毎に 交換しなければならない程 摩耗が激しいという。ちなみに 我々が かつて使っていたレコードプレーヤーの針は 主にダイヤモンドで出来ていた)という究極のアナログレコードの音を聞いて 痛感したのは 音の当たりの柔らかさである。聴感上 特に問題がないとの判断から デジタル処理されたサウンドは 様々な商業的事情でオーディオ信号が圧縮され 高域成分がカットされている。結果 絶対そんなはずないのだが 筆者など 鼓膜をヤスリで こすられているような気分になる。

 

また 今回は ルイ・アームストロングのジャズを堪能したのだが この円盤式蓄音器は スピーカー部が お馴染みの強大なラッパ型をしており トランペットやサックスといった金管楽器と同じ形状をしていることも 再生される音に大きな影響があるのではないか とは 橋田代表の指摘で 大いに納得させられた。 

 

戦間期のアナログレコードは ダイレクトカッティング つまり 一発録りで 演奏や歌を直接 円盤に刻印して マスターを作成しており 当然ながら 別々に録音したものをミキシングしたり 編集して 良いところをつまんだり 音質の調整 といったスタジオワークは 一切 行われていない。歌手や演奏家のレベルが 如何に高かったか ということに尽きるのだが 今日 こうした録音方法は 事実上不可能である。一発録音が本来 基本であるはずのライヴ盤でさえ トリートメント(*3)は 常識的に されている。ある有名なロックバンドのデビュー曲のレコーディングに立ち会ったことがある。何度も歌って 良いところをつまんで編集する というやり方に違和感を覚えた歌手に プロデューサが “歌録りを たった一回だけで終わらせた歌手は 僕の知る限り 美空ひばりさん ただ一人だけだよ” と話していた。これまた 橋田代表曰く ひばりさんは ダイレクトカッティングの経験があるからじゃないかな と。なるほど…

 

そして このダイレクトカッティングで記録された音の生々しいこと。録音された時間や場所 その時の空気感までが パッケージされてるような感覚に陥ってしまう。これもまた 別の意味で 過去を封印したタイムカプセルのようなものだと思った。

 

アンティークオルゴールも円盤式蓄音器も その動力源は 手巻きのゼンマイである。古い装置ということもあるのだが このゼンマイが元に戻る時間も その時々で同じではなく それに伴って鳴っている音にも 微妙な震えやゆらぎがある。これがまた いかにもアナログで 人間味があって 良いのだ。’70年代初頭 プログレッシヴロックというジャンルで重宝されたメロトロンという装置がある。一見 オルガン様の鍵盤楽器なのだが 鍵盤の一つ一つがテープレコーダーと繋がっていて 鍵盤を押下すると 繋がっているテープレコーダーが動き 録音されている音を再生するという 途轍もなくアナログな そしてこの説明を一読 すぐさまお分かりいただけると思うのだが 故障やトラブルが とにかく多くて メンテナンスもやたら面倒な装置なのだ。このメロトロン 後年 テープレコーダーがサンプリングされた音声データに置き換わることにより シンセサイザーへと進化するのだが 意外や意外 ファンが多い。シンセサイザーの安定した機械音よりも テープ再生に伴う震えやゆらぎといった音の遊びに 面白さを感じているミュージシャンが多いのである。曖昧さが加わることで 作り上げられていく音楽 そのアナログな摩訶不思議さだろうと思う。

 

『箕面の森 アンティークオルゴール演奏会』~言わば 自動演奏楽器の時間旅行 は 筆者にとって 一にも二にも アナログサウンドの素晴らしさを 再発見した 得難い機会となった。参加いただいた お客様からも 満足いただけたことが伺えるご感想ばかりで 開催した側として 決して 独りよがりの演奏会に終わらなかったことが 何よりも嬉しい。

 

演奏会の翌日 橋田代表を囲んで お食事会を開催した。その際の裏話として 興味深かったのは オーダーを受けて 近年の音楽をオルゴールに仕立て直す際 一番苦労するのは 平均律で作られた音楽を純正律に置き換えることよりも コームを弾くというオルゴールの特性上 タイやスラー(*4)といった長音の表現が出来ない という点であった。その場合 キーを二つ以上 使って表現する必要があり 実はオルゴールとは 打楽器の一種なのだ と 今更ながら 気づかされた瞬間でもあった。

 

*1:コーム

鋼(はがね)で作られた櫛状の金属板。櫛歯とも呼ぶが この櫛歯の一本ずつは「弁」と称されることが多い。例えば 1枚のコームに40本の櫛歯がある場合 「40弁」の発音体をもつオルゴール と表現する

*2: オーパーツ 

発見された場所や時代の科学やテクノロジーからは到底 生み出せないはずの出土品や加工品等のこと。 英語「Out-Of-Place-ARTifactS」の略。「場違いな工芸品」と訳される

*3:トリートメント 

録音された素材に対して スタジオで施される ダビングやエコー処理 編集といった作業全般のこと

*4:タイ  

   同じ高さの二つの音をつなげて演奏すること

   スラー 

   二つ以上のことなる高さの音をなめらかに演奏すること


佐藤貴志 satoh  takashi 略歴

大阪府富田林市にて生まれる。大阪市立大学法学部卒。大学生時代、ドアーズのデビューアルバム『ハートに火をつけて(原題:The Doors)』、T.レックスの『メタル・グゥルー』、キングクリムゾンの『太陽と戦慄』を聞いて音楽に目覚め、その後、クラシック、ジャズ、民族音楽、エクスペリメンタル等々、様々な音楽との出会いを経て、多くのリスナーに知られざる音楽の普及に努めている。神戸の某企業にて10年間、カタログ販売による音楽事業を展開。

現在、音楽ブログ〈いわし亭〉主宰。いわし亭Momo之助を名乗り、肆音(しおん)『音楽ばかいちだい』を更新中。カルチャー倶楽部「みのおてならい」コンサート音響担当、同倶楽部の「音楽の森ツアーガイド」としてリポートを執筆。


2019年6月29日開催「アンドレス・セゴビアに捧ぐ クラシックギター 〜そらのあなたを聴くしらべ」

2020年9月12日開催「右手のピアニスト 樋上眞生  Replay」

2021年8月9日開催  みのおてならい・箕面市立文化芸能劇場開館記念催事「星を想う朗読会」

2022年7月2日開催  みのおてならい朗読倶楽部 市民朗読会「七夕の会」